


玄関だけは、辛うじて崩れなかったそうです。
ただ、掛け瓦の万十と拝巴が接触しています。九州でも、良く見かける光景です。

今週から再び、被災地入りです。
今日の現場は、約9か月間、ブルーシートで雨露をしのいでいた、80坪の入母屋屋根です。
年末までかかりそうな仕事ですが、何とか終わらせたいと思います。
2か月ぶりに帰ってきましたが、九州と関東では、だいぶこちらの方が日暮れの時間が早く、約1時間早目に片付け始めないと、あっと言う間に真っ暗くなります。

明後日から12月ですが、日中は、汗ばむ程の陽気。屋根の上は、体感温度で、約25度くらいです。

今週の仕事は、長崎市です。
長崎の市街地は斜面に家が建っています。
今日の現場も、軽トラも入って行けない、材料は全て、担いで搬入しないといけない様な場所でした。


今朝は朝から雨、朝から読書も退屈なので、春に新しくなった博多駅までやって来ました。
約25年前、今はありませんが、左手に見えるバスセンターがあった場所に、交通センタービルがあり、その中に「エグザス」という、スポーツジムがありました。
太宰府からここまで30分、わざわざ筋トレに通っていた一人の若者がおりました・・・。当時は、心も体も、テンションが高かったのでありマス。

今日は、新しい博多駅を見に来たんじゃなくて、人の話で聞いていた、大博通りにある、お寺の五重塔を見学にきたのであります。
「五重塔」、幸田露伴の小説に、大工の親方と弟子が受注競争をした、有名なお話がありますが、駅前の超1等地に建つ、五重の塔。
大工さんも瓦屋さんも、詳しくは存じ上げませんが、実際に目の前で見ると圧巻、圧倒される感じです。
京都や奈良ほどには、近くにこういった建築物はありませんが、こうやって人の仕事を見て回ることも仕事上、たいへん重要な事です。
25年前の博多駅と今の博多駅、時の流れの速さを、実感しながら帰途に就いた、雨のち晴れの日曜日でした。

『 madison square garden 』
今日の参拝者は、富裕層から修学旅行生に変わっていました。
太宰府天満宮と言えば、学問の神様の菅原道真公。
修学旅行の定番と言えば、マディソン・スクエア・ガーデンのボストンバッグです。色は紺色です、約35年前の話デス・・・。

自分の体の悪い所を触ると治るという御神牛、触られ過ぎて、頭から鼻にかけてピカピカです。
ひと気が無くなった夕方、特に悪い頭を撫ぜて帰宅しました・・・。

探すと、色んな刻印の瓦が出てきました。
江戸時代の、文化年間に作った瓦と言う事でしょうか、ネットで調べたら1804年から1817年が文化年間です。


裏の物置で、予備瓦を探していたら、大昔の巴瓦が出てきました。
よく見ると、表面は、ヘラで成型した様な模様、持つと、ずっしりとした重さがあります。

この辺りは、宰府と言う地名ですが、宰府忠七さんが焼いた瓦か、太宰府で忠七さんが焼いた瓦か、どちらか分かりませんが、先達の心意気が感じられるような、梅鉢の巴であります。


今日も、天満宮の参道は、海外の観光客の人達で、賑わっています。
そのほとんどが、中国と韓国の団体の人達です。ここで仕事していると、中国語と韓国語が、1日中、飛び交っています。
ダイナミックな経済発展を続ける、中国大陸沿岸部の超富裕層の方々には、ギリシャの金融危機や円高、ウォン安、元の切り上げも何も、関係ないみたいです。
手にしているカメラやバッグ、ブランド物と思われる服の着こなし、上から下まで全てが、超リッチな方々ばかりです。
それにひきかえ、最近、調子が悪くなった20年物の一眼レフを、新しく買おうか買うまいか、中古のギブソンのレスポールを買おうか買うまいか、迷っている私とは大違いです。